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2019年の目標を振り返っていきます。
ほとんど達成できてない?そんなことない。





タルパの境界づけによるタルパの全体性の解明については、非常に粗雑ではあったが『タルパ現象論による「タルパの全体性」の解明(第三部)』で完了している。
その後いくつかの記事でタルパ創造の「契機」に着目した分析的考察がなされ、『タルパ現象論が導くタルパの存在論についての図式』では「契機・存在理念・信念」の3要素によってタルパの存在論を素描しておいた。
ただし、存在理念や信念についての分析的考察は全く行われていない。2020年はこれらの考察が主要な課題となるだろう。
ところで、最初のツイートにおける「定義はある事態をその現実性において...」は「定義はある事態をその事実性において...」と書くのが正しいだろう。一応訂正しておく。


タルパの存在論において、タルパの分類は明らかにそのカテゴリーによって行われねばならないが、先に述べた3要素はカテゴリーの言わば「生成因子」であるという関係にある。即ちタルパの分類の達成には、生成因子である3要素それぞれの(あるいはそれらの連関の)分析的考察が必要となるわけである。
それにしても、タルパの分類がタルパ研究にとって些細な一部門に過ぎないという疑惑はもはや完全に払拭されただろう。


これは契機に限って先行して考察する予定だったが、どうしても最低限存在理念の分析を終えなければならなかったために凍結された。
タルパが道具を扱うという現象は明らかに実践的な領域に踏み込むものであるから、タルパ現象論の有用性を試すためにも今後必要になってくる考察と言えるだろう。





タルパの「存在可能性」が境界づけによって与えられるという意味では必要最低限の考察は済んでいるが、これを存在的にではなく存在論的に考察するのはなかなか骨が折れる。
「可能性・自由・消滅が同じ文脈に現れる」ことは『タルパ現象論による「タルパの全体性」の解明(第二部)』などによって暗に示されてはいるが、これを主題とした考察は結局行われなかった。




素朴な問いから考察すべき概念を抽出するという意味では、タルパ消滅現象の考察は明らかに(部分的にではあるが)現象学の方法論に従っている。ただし現象学の「方法論」ではなく「方法」については個別の領域をより深く掘り下げて考察していく過程で徐々に主題になってくるだろう。
存在論の方法とはつまりカテゴリーに基づいた存在者の分類のことであるため、やはり先に述べた3要素の分析が必要である。




え?こんな目標あったっけ?

冗談はさておき、今後タルパ研究を進めていけばいずれは普遍的な意義を認めざるを得ない概念はいくらでも取り出されるだろう。そうなったときに古い曖昧な観念に固執するのか、それとも新しく精密な概念を求めて先に進んでいくのかが、タルパの研究・考察を行う者に問われることになる。
それは私自身も例外ではない。人間というのはどうしても慣れ親しんだ言葉でだけ考える習性がある。
例えば「定義」から「可能性に基づいた...」という意味のみを抽出した「境界づけ」という用語を「境界づける」のように動詞的に用いるのは、やはりその習性に抗うための第一歩だったのである。
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