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読書百遍 其義自見
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このブログでも度々出てきた表現。
「一度創ったら二度と消してはならない」というタルパ界隈における鉄則は時として単なる理想論になってしまうが、その様子を非常に短い文言で言い表していると思う。

しかし理論的に、この文言は一体どこまで正しいのか?

この文言を支える最大の根拠は、タルパの創造を中断した結果マズいことになったという報告が目立つことだろう。
あるいは、現在進行形で創造していてもタルパから何かしらの悪影響を受けたので、消すともっとマズい事になる気がするということ。

つまり、これといった強い根拠は特にない。

創造を中断して何も起こらなければ報告は上がりにくいのは(興味の消失が中断に繋がっているはずなので)当然だと言える。
悪影響を受けたら念のため消さないほうがいいという道理があるならば、悪影響を受けたら念のため中断した方がいいという道理もあるはずなのである。
そして中断した結果上手く収まったら報告は上がらない。結果として、悪いイメージを持つ報告だけが目立つ。
そういうループがこの界隈では起こっている。

この文言を考えたのはペンライトだが、あくまでも一般論の代弁であって、これが正しいとは微塵も思っていない。
むしろ、この一般論は大変な誤解を生んでいる。

そもそもこの記事を書こうと思ったきっかけは、Twitterで「ふとしたきっかけでタルパを創ってしまったら維持しなければならないのか?」という単純な問いを見かけたから。
どこからが創ったことになるのかという難しい話はさておき、実際に創ってしまったら維持しなければならないのなら、維持しなければならないだろう。
しかし、そのような些細な創造は日常の範疇で何度も起こっているはずなのである。ただ、それをタルパとみなすためのしきい値が人によって違うだけで。

ペンライトのタルパ研究の基本的な思想の1つに、「主観の違いは理論の違いを生まない」というものがある。
タルパーと非タルパーで全く違う理屈を適用するわけにはいかないのだ。非タルパー、つまり普通の人間が日常的にやっていることは、タルパーにとっても日常的なのである。
タルパを知っているか知っていないかでこうも差が出るとは、到底考えにくい。

タルパを広めるべきかどうかで稀に議論が起こっている。
タルパが万が一にもメインカルチャーになったら、「タルパとは一生付き合うのが理想であり前提」の鉄則を知らない層は増えるだろう。
それでも、そういう人(創ってみたは良いがすぐに止める人)がタルパー失格なのかと言われればそうだとは言えないし、そうさせないために広めるべきでないとも言えない。


タルパ界隈はもっとユルくなってもいいと思う。
理屈の上でのユルさは、タルパーが持つべき資質の一つだろう。
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