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心霊主義から「自由でない」ということを定義したら新境地が見えてきたので。
本質的に「自由でない」とは、自身の存在そのものの範疇において強制的に他者に奉仕せねばならない領域が広いことを指す。

心霊主義上の"神の摂理"では、摂理に沿った生活をするとはつまり利他的な生活をすることに直結するから、自由意志が適用される範囲が広いということはそれだけ摂理によって強制されない生活を送れるようになる。
ただ単に、この逆を言っただけのことだ。


それだけだが、これで実に多くの謎が解ける。

例えば数日前の動物愛護団体の話、そこで僕は「動物は食べてはいけない。植物を食え。」と言ったが、植物という存在の自由度が動物と比べて低いことを考えると、答えが見えてくる。
実際に心霊主義でも、植物は自らの体の一部を切り取られてまで他者に奉仕するものであると説かれている。ア○パ○マ○みたいな話だ。

人間の場合でも、完全に自由であるより、ある程度規制があったほうが生きやすいと度々言われるが、これが理由ではないだろうか。(肉体的本能に対する霊的本能には「魂の進化の欲求」というものがある)
まぁ流石にそこまでは断言できないが。


冒頭の定義の「他者に奉仕せねばならない領域」は「摂理に従わなければならない領域」と言い換えることができるが、やはりこちらの方が伝わるものが多いだろう。
これを上手く変形すればタルパの自由意思問題も少しは道が開けてくるはず・・・
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