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読書百遍 其義自見
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前に発話による会話オート化に聴覚化が必要な理由で問題点があるという話をしたが、それについて関係ありそうな思考実験を見かけたので。
この答えについてはまだ自分で確信が持てる段階ではないので、暇があれば読者の皆さんも考えてみてほしい。
コウモリであるとはどのようなことか - Wikipedia

その問題とは、タルパにとっての「感覚」をどう定義すればいいのか分からないというものであった。いや、正確には、何が「感覚」であるかが分からないというべきだっただろう。
これがどういう問題なのか、せっかくwikipediaから引っ張ってきているので、コウモリを例にあげて説明しよう。

コウモリは口から超音波を発して、その反響を元にして周囲の状態を把握しているらしい。それが「見える(=視覚)」ようにして感じられるのか、「聞こえる(=聴覚)」ようにして感じられるのか。そういったことがwikipediaには書かれている。
そして視覚聴覚と挙げたように、人間にとって自らが体験することの出来ない主観的経験は、自らの体験に置き換えて考えてみるしかない。
よって人間にはコウモリであるとはどのようなことかを知る方法がない。と、この問題を提唱したネーゲル氏は言っていたのだろう。

前の記事の問題点も、概ね似たようなことである。
あるタルパに人間とは違った主観的経験(前の記事では感覚と言っていた)を持つと考えられる場合、その論理展開に誤りが含まれる可能性があるといったものだ。



だからあの記事の論理は人間に近しいタルパとのコミュニケーションでしか成立しない、という結論では面白くないのだ。
タルパが絡むからには、何としてでもこの「主観的経験(=感覚)」というものを抽象化して、あらゆるタルパに対して適用したい。

だから、主観的経験(何度も言うが感覚のことである)自体の定義をどうにか上手いこと変えて良い感じにならないものか。というのが今ペンライトがやりたいことである。

...冒頭で投げかけておいて何だが、確信が持てる段階では無いと言っても答えに近づいている感じがするのだ。また新たな概念を導入する必要があるが、それは前の記事のおかげで既存の概念から導けることに気づいた。
まぁこれについては別の機会で。
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