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読書百遍 其義自見
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たまには引用なしで書いてみよう
即興だからマシなことは言わないと思うが
組織の本質は「集団」よりも「個」に「個」よりも「集団 かつ 個」にある

この3つの区分で、1つだけ仲間外れがある。なんだろうか



「集団」だ。
「集団」だけ、他の2つには有るものが無い。なんだろう



それが、本質だ。
「集団」には人の集まりとしての本質がない。
その点で、人の集まりとしての組織に「集団」の定義を持ち込むのはナンセンスである。
(もし組織の本質が「集団」にあるのならば、日本国内の日本人を全てアメリカ人に入れ替えて日本人と称したところで、「集団」としての組織の本質は変わらないはずだ。実際はどうだろうか。)


そして「集団」よりも本質に一歩近づいたのが「個」による組織である。
「個」には、ある人間そのものという本質がある。これによって組織が構成されるのだとすると、まぁまぁ納得のいく妥当な結論だろう。

しかし、この理屈には致命的な欠点がある。
人の集まりとしての組織の部分集合のそれぞれにおいて、本質が異なっていることに注目されたい。
組織の本質を「個」だとすると、「個」ごとに組織を分断して考えねばならない。
...つまり、組織である必要がなくなるのである。まるで烏合の衆のようだ。


ではその「個」を何とかして一つにまとめ上げる理屈はつかないだろうか?
そこで「集団 かつ 個」という概念が出現する。

これは断じて、「集団」と「個」がバランスよく混じり合ったもの、という類のものではない。(その程度の理屈なら恥ずかしくて記事に出来ないね)
組織の全体において「集団 かつ 個」、部分集合の全てにおいて「集団 かつ 個」が変わらず成り立っていることを言う。
組織の全体は即ち「個」でもあり、それを構成する一人ひとりは即ち「集団」でもあるのだ。

これならば組織を「個」単位で分断して考える必要がなく、文字通り、組織の本質としてまとめ上げることが出来る。

この「集団 かつ 個」は、現代の日本では十数人〜数人の中小企業レベルでごく稀に目にする。
これを達成した組織は筆舌尽くし難い圧倒的なパワーを身につけ、現実に立ちはだかる問題を突破していくことになる。


組織を構成するリーダーや構成員には、これを達成するためにどんな資質を求められているのだろうか
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